今週の番組紹介
第10回 6月5日放送
今週は、昭和41年に国の特別史跡に指定され、平城京跡、大宰府跡と並び日本の三大史跡の一つに数えられている多賀城跡(たがじょうあと)など、貴重な史跡が点在する由緒ある歴史の街、多賀城市をご紹介しました。
貴重な史跡がいろいろある多賀城市ですが、"これは見逃せない!"という史跡として、まずは、奈良・平安時代には東北の中心地として栄えた、多賀城跡(たがじょう あと)をご紹介します。
陸奥国府であった多賀城は、西暦724年、陸奥・出羽の統括と蝦夷(えみし)対策の中心拠点として創建され、「遠の朝廷」(とおの みかど)と呼ばれていたそうです。1辺が約900m前後のゆがんだ四角形で、その周囲は築地(ついじ)と呼ばれる土塀で囲まれ、中央部には約100m四方の政庁跡があります。万葉歌人の大伴家持や征夷大将軍の坂上田村麻呂などが赴任したといわれています。
また、この多賀城跡の南東方向約1kmにある寺院跡が「多賀城廃寺跡」(たがじょうはいじあと)です。東北統治を願い、国府の付属寺院として建立されたといわれています。中門から延びた築地塀が三重塔と金堂を囲んで僧侶が教典の講義、研究を行う講堂に取り付き、北側に僧侶の日常生活の場である僧坊、仏典を納める経蔵、時を告げる鐘を設置した鐘楼が並んで配置されていました。このような伽藍(がらん)配置は福岡県太宰府の附属寺院である観世音寺(かんぜおんじ)に似ているとのことです。この「多賀城廃寺跡」も、やはり国の特別史跡に指定されています。
そして、多賀城の南門の近くにある小さなお堂の中に立っているのが、「多賀城碑」です。高さ196cm、最大幅92cmの砂岩の碑には、平城京やそれぞれの国境から多賀城までの距離と、多賀城の設置や改修の年など141文字が刻まれています。また、この碑は江戸時代初めに土の中から発見された当初から、歌枕の「壺碑」(つぼのいしぶみ)であるといわれ、松尾芭蕉をはじめ多くの文人が訪れています。この多賀城碑は、平成10年に国の重要文化財に指定されています。
さらに、多賀城には歌人たちが憧れた歌枕の地が多くあります。その一つに、恋愛の歌枕に数多く詠み込まれた"末の松山"があります。小高い丘にそびえ立つ二本の松に、松尾芭蕉は「奥の細道」の中で無常観を感じたと残しています。この黒松は樹齢450年といわれています。このすぐ近くには"沖の石"もあります。
「多賀城跡」、「多賀城廃寺跡」そして「多賀城碑」と三つの史跡をご紹介しましたが、このほかの関連する遺跡を含めた総称として、「特別史跡多賀城跡附寺跡」(とくべつしせき たがじょうあとつけたりてらあと)と呼ばれていて、多賀城市内5カ所に分布し、その面積は107万平方メートルに及んでいます。これは東京ドーム約23個分の広さです。
このほかにも、JR国府多賀城駅から歩いて1分のところにある「東北歴史博物館」では、東北地方の歴史や文化を子どもから大人まで体験しながら学べる施設などがあります。
そして、この時季の祭り・イベントをご紹介しますと、6月24日から7月8日まで"多賀城跡あやめまつり"が開催されます。約2万uの多賀城跡あやめ園内に250種200万本ものアヤメやハナショウブが咲き、土・日曜には多賀城太鼓や多賀城鹿踊などの郷土芸能のほか、切り絵や折紙の体験などのイベントも開催されます。
今日、ご紹介した「特別史跡多賀城跡」など多賀城の歴史にふれるには、JR仙台駅から東北本線に乗り、国府多賀城駅で下車。所要時間は15分です。また、JR池袋駅東口地下鉄有楽町線・丸の内線35番出口すぐにある"宮城ふるさとプラザ"では、観光パンフレットなどを取りそろえていますので、こちらにもぜひお立ち寄りください。
来週は、日本有数の湿原「世界谷地」で知られる栗駒山を中心にご紹介します。お楽しみに!
- ○多賀城市のホームページ
http://www.city.tagajo.miyagi.jp/ - ○みやぎの観光情報はこちらから!
みやぎ観光NAVi
http://www.pref.miyagi.jp/kankou/

